南房総は車社会です。
広い地域を移動するには車が一番早くて便利で、みんなそれが当たり前のように生活しています。
でも、私はあえて車に乗らず、ジャイロキャノピーで移動しています。
もちろん「2拠点生活者だからそれで十分だよ」と言われれば、その通りだと思います。
そして、ジャイロキャノピーがあった時点で完全な当事者ではないという自覚もあります。
それでも私が車に乗らない理由は、子どもたちの目線を忘れずにいたいからです。
子ども時代に感じた「行きたいけど行けない」感覚
自転車や電車で動いていた学生の頃、南房総は驚くほど「行けない場所」だらけでした。
広すぎて、遠すぎて、交通手段がなさすぎる。
「行きたいけど行けない」が当たり前にあったあの感覚は、大人になると簡単に失われてしまいます。
2拠点で過ごしている今でも、不便を感じることはたくさんあります。
原付では回りきれない距離が普通にあるし、雨風が強い日は無条件で予定が崩れます。
それでも、この不便さがあるからこそ、子どもたちの感覚を取り戻せる気がしています。
大人も知らない「地域循環バスの不便」
最近は、地域循環バスの「乗り方を知らない」まま大人になっている人が多いことにも気づきました。
大人でさえそうなのだから、子どもたちにはなおさらハードルが高いはずです。
「どこで乗るの?」
「どうやって払うの?」
「そもそも、どこを走っているか知らない」
こうした小さなわからなさが、行動範囲を狭めてしまいます。
車を持ってしまえば気づけない不便は、実は町中にたくさんあります。
子どもの目線を忘れないために
だから私は、あえて今の移動手段を続けています。
子どもたちが見ている世界、感じている不便、行けない距離。
それを少しでも忘れないようにするために。
そして、自分が子どもだった頃に感じた不便さと、今の課題を重ねながら、解決のアイデアを考えていきたいと思っています。


