私にとっての「東京という場所」

現在、私は東京と房総を行き来する二拠点生活をしています。
この生活を始めて、気づけば1年が経ちました。

あらためて考えてみると、
「東京」という場所は、私にとって少し特別な役割を持っている気がします。
今回は、そんな東京との付き合い方について書いてみます。

「ひととサービスの観察」ができる場所

東京は、私にとって「ひととサービスの観察」ができる場所です。

街を歩いていると、人が何かを選ぶとき、どんな導線があって、
どんな感情が動いているのかが、つい気になってしまいます。

駅の案内表示、
カフェの注文フロー、
役所や公共サービスのデジタル案内。

「どう伝えれば迷わないか?」
「どうすれば、使ってみようと思えるか?」

そんなことを考えながら観察するのは、もはや趣味のようなものかもしれません。

こうして拾った気づきは、
サービスデザインの仕事や、房総での活動にも少しずつ活かせていると感じています。

「その他大勢」に溶け込める場所

もうひとつ、東京が特別な理由があります。

それは、
「その他大勢」の中に溶け込んで、完全にひとりになれる場所だということです。

私は基本的に、ひとりの時間が好きです。
(家族と不仲というわけではありません)

東京では、誰も私のことを知らない環境で、
すべて自己責任で生活している感覚があります。

それが、私にとっては心地よい緊張感でもあります。

自分ひとりで暮らしていると、
「まず自分でどうしようか」と考える癖が自然と身につきます。

その積み重ねが、誰かの「困った」を考えるヒントになっています。

移動も含めて、生活のリズム

よく「移動が大変じゃない?」と聞かれますが、
実はそれほど負担には感じていません。(正直、お金はかかりますが…)

むしろ、高速バス移動の時間が気に入っています。

確実に座れて、パソコンも物理的に開けない環境なので、
考えごとをしたり、気持ちを切り替えたりするのにちょうど良いのです。

私の中では、
房総が【動】なら、東京は【静】。

この二つを行き来することで、自分なりのバランスを保っているのだと思います。

おわりに

東京は、仕事の拠点でもあり、
思考を整えたり、観察したりするための場所でもあります。

この「静」の時間があるからこそ、
房総での「動」の活動にも、向き合えている気がします。

これからも、自分の暮らし方を少しずつ調整しながら、
無理のない形で、活動を続けていきたいと思います。