業務システムやWebアプリの画面を設計しているとき、私はよく独り言を言っています。
「○○をしたいから、まずここを見るよな」
「次にこれを確認して…」
「いや、このタイミングでこの情報はいらなくね?」
最近ふと、「これ、ひとり芝居してるな」と気づきました。
要望をそのまま足していくと、目的が見えにくくなる
画面を設計していると、さまざまな機能の要望が出てきます。
実際の業務から出てくる要望なので、一つひとつを見ると「確かにあったら便利だな」と思うものも多いです。
ただ、それらをそのまま画面に足していくと、できることは増えても、かえって「この画面で何をすればいいのか」が分かりにくくなることがあります。
そういうとき、私はよく最初から一人でやり直します。
何が起きたのか。
何をしたいと思ったのか。
なぜこの画面を開いたのか。
ここで何を確認し、どう判断して、次に何をするのか。
「この人は今、何をしたいのか?」を一人称で順番に追っていくと、「この情報はいま要らないな」「これは別の場所にあった方がいいな」と見えてくることがあります。
「なりきる」だけでは設計できない
以前、私は「SaaS設計が好きな理由を掘ったら、演劇だった」という記事を書きました。

演劇で役を演じるとき、その人物が何を見て、何を考え、なぜその行動をするのかを追っていた経験と、画面を設計するときの感覚が似ている、という内容です。
今回、自分が実際に声まで出してシミュレーションしていることに気づいて、思っていた以上にそのまんまで少し笑ってしまいました。
もちろん、「俺はユーザーになりきれる!憑依型UXデザイナーだ!」なんていうつもりはありません。そんな特殊能力は残念ながらない…。
材料になるのは、実際に利用者から聞いた話や、調査で得た情報です。
それをもとに、その人が置かれた状況を頭の中で組み立てています。
この癖、昔からあったかもしれない
考えてみると、私は昔から、相手の立場を仮置きしてシミュレーションする癖があったのかもしれません。
小学生の頃、懸賞応募や読者コーナーのハガキを描くときには、私はなぜか、大量のハガキを確認している「審査員のおじさん」を勝手に想像していました。
「たくさん届くハガキの中で、どうしたら目に留まるだろう」と子どもながらに真剣に考えて描いていました。実際、懸賞に当たったり、読者コーナーに掲載されたりすることもありました。
漫画でも、吹奏楽でも、演劇でも、形は違っても「受け取る側からどう見えるか、どう聞こえるか」を考えていました。
それが今は、画面の前でひとり芝居をする形になっているようです。
調べたら、UXデザインには「シナリオ」という、近い考え方がありました。
また、後から名前を知るのでした。

